優しさと愛情

 9月11日。ちょうど台風が日本に上陸しはじめた頃。その時、僕は当時付き合っていた彼女の家にいた。遠距離恋愛でなかなか会えず、会う予定を決めていてもイレギュラーで飛びまくり、ようやく会えた今日。外は大雨だし、かといってこのまま家で過ごすのはもったいない。ということで、少しバスに乗って映画が観れるデパートに行ったのだ。

 ふたりともそこそこ観たかった映画をそこそこ楽しみ、懐かしいお菓子が売っているところでひたすら「懐かしい」と言えるだけ言ったりと、傍から見れば大したことがないかもしれないけど、それはすごく幸せなひとときだった。そのデパートをあらかた見回ったあと、お互いにプレゼントをしあう事になった。

 彼女には、部屋に足りないと言っていた置き時計を。彼女からは、僕が欲しそうに眺めていた小さなサボテンを。それぞれを贈り物用の箱に梱包してもらい、お互いに「ありがとう」と言った。

 幸せなひとときはあっという間に過ぎ、別れの時が訪れた。デパートを出て、駅に迎い、切符を買い、最後の言葉を交わし、名残惜しく軽くハグをした。何度か後ろを振り返りながら、彼女が見えなくなったあと、新幹線のほうを向いて歩いた。その新幹線に乗ったあと、それまでの幸せな時間や、彼女の温かい優しさを思い出し、人生で一番長い時間ずっと号泣していた。

 家に着き、彼女にもらったプレゼントを開ける。そこにはサボテンだけではなく、顔が描かれた謎の立方体も一緒に入っていた。それはプレゼント選びの時に、あまりのシュールさに少し気になっていたものだった。彼女お得意の小さな優しさも一緒にプレゼントしてもらえ、遠くにいるはずの彼女が隣にいるかのようにとても近く感じた。とても嬉しかった。サボテンを彼女だと思って大事に育てようと決心した。

 

 それから4ヶ月ほど経ったある日。彼女から急に電話がかかってきた。「好きな人ができたの。」と。それからはずっと「ごめん」と言っていた。なかなか会えない事もそうだし、時間がまるで合わずメールもほぼできていなかったし、なにより仕事でずいぶん気が参っていた部分が大きい。好きな人も仕事の同僚だそうで、その人のことを好きになるのは当然なんだと納得する他なかった。

 それでも僕は彼女からもらったサボテンを大事に育てるようにしていた。プレゼントを開けた時のあの小さな優しさをサボテンから与えてもらえる気がしたから。あまり陽があたらない家だったため、部屋に置かずベランダに置きながら大事に育てていた。

 彼女からもらったサボテンも、謎のシュールな立方体も、大事にベランダや部屋に置いてはいたものの、彼女のことを名残惜しくなることは徐々になくなっていった。それは彼女のことを忘れていったわけではなく、良い意味で切り替えができはじめていたから。彼女ではなく、彼女が僕に教えてくれたものを忘れないために。サボテンは前を向けるきっかけになりつつあった。

 

 風が強かったある日。ずっと晴れていたためにずっと外に置いていたサボテンの様子を洗濯するついでに見に行った。

 そのサボテンは風に煽られたのか、床に落下し、鉢の一部が破損しており、中の土も飛び散り、サボテンもコンクリートの上にぐったりと寝そべっていた。

 その時、ふと彼女のことを思い出した。どこか懐かしく感じながらも、まだ心の中に眠っていた彼女への思いも風に乗って飛んでいったようだった。

 小さくしぼんでいたサボテン。それはどこか彼女への想いと重なった。おそらく、このまましぼんで枯れていくのだろう。

 それでも今、僕の部屋には彼女がくれた小さな優しさがある。これだけあれば、きっとこれからも前を向いて歩いていけるはず。振り向いても、もう彼女の姿は無い。

 ――風が強かったある日。あの時からちょうど半年経っていた日のことだった。

 

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