正しい英語の使い方

 僕が中学に進学したときの話。兄と同じ道を選ぼうという気持ちと、体育会でも楽な部類の部活に入りたいという浅はかな気持ちで卓球部に入部した。一緒に入ろうとしていた友達はみんな入らず、会話したことがない同級生ばかりで最初は寂しい気持ちだった。

 しかし、その状況はみんな同じだったようで、次第にみんなで仲良くなり、同級生全員がとても仲良しな良い関係を築けていた。僕は、その人間関係が楽しくて毎日楽しく部活に通っていた。

 その部活と同時期に、中学では新しい科目の授業がはじまった。「英語」だ。小学校の頃に習ったのはローマ字だけで、英語は「Hello」程度しか知らなかった。日本語を日本語として理解しておらず、ただの"言葉"として認識していた僕にとって、新しい"言葉"はとても新鮮に感じ、そこで"言葉"は徐々に"日本語"に変わっていき、英語を理解できるようになっていった。

 僕は英語の授業がとても好きだった。知らないことばかりだし、国語の授業と違って、言葉の仕組みや単語を習うだけなので、やっている事はとても簡単なものだなと感じていた。

 English。エングリシュ。
 sunday。スンデイ。
 bike。ビケ。
 soccer。エスオーシーシーイーアール。

 英語はとても新鮮だったし、覚え方を考えるのがとても楽しかった。特にsoccerのスペルの覚え方は面白い響きでシュールに感じた事で、一瞬にして覚えることができた。こうやって単語を一つ一つ覚えていくことがとても楽しかったのだが、1学期にしてとてもつもない難易度の高い単語と巡り合った。

 interesting

 インタレスティング。「面白い」という意味なのだが、あまりにも単語が長く、覚えるのが難しい単語として、その日はずっと胸に引っかかっていた。インタレスティング。インタレスティング。長い単語を覚えたことで、とても賢くなった気になっていた。

 その日の部活の時も、この単語は常に頭のどこかに浮かんでいた。特に意味はないが、疲れなどで何も考えられない時に頭に出てくる。基礎体力作りでランニングをやらされている時にも、常にインタレスティングが脳裏をよぎっていた。

 僕達1年生の指導にあたっていた1つ上の先輩はとても厳しかった。はじめて後輩を持つということで、かなりの優越感があったのだろう。ランニングが終わったあとに筋トレをする事になり、体力で個人差がかなりあるために遅く終わる人や早く終わる人が出てくる。僕はその中でも遅い部類だった。

 体が小さく、ロクに運動をしてこなかったために、僕の体は少々の筋トレでも悲鳴をあげていた。なので、先輩からしてみればいじめ甲斐があったのだろう。「早くやらんかいー!」と罵声に近いものを浴びせられる。

 僕がようやく筋トレを終え、ぐったりしていると「早く立て!次のメニューやるぞ!」と言われ、さらに背中に蹴りを入れられた。はじめて蹴られた。はじめて人に蹴られた。僕にとってはそれがとても衝撃的だったが、疲れで何も考えられず、頭がボーッとしていて、目覚めつつあったマゾヒストの血からなのだろうか、笑顔になっていた。そして、僕は笑顔で「インタレスティング」と少しゆっくり発音した。

 「インタレスティングってなんやねん!」先輩から鋭いツッコミが入り、さらにまた蹴りを入れられた。僕はまた「インタレスティング!」と少しゆっくりと、さっきよりも滑舌よく言った。続けてまた先輩から「だからインタレスティングってなんやねん!」と鋭いツッコミが入り、また蹴りを入れられた。先輩は笑っていた。僕も先輩に釣られてもっと笑顔になった。

 インタレスティング。それは「面白い」という意味の単語。おそらく先輩は頭が悪く、interestingの意味を本当に知らなかったのだろう。たとえ上下関係があっても、インタレスティングと言えば、単語の意味と同じ「面白い」空気が流れるという魔法の言葉。困った状況になった時に、一度「インタレスティング!」と唱えてみてはいかがだろうか。インタレスティング