中二病でも吠えたい!

 あれは、僕が中学二年生の時だった。中二といえば、厨二病をもっともこじらせている時期で、僕も尾崎豊を聞いて一人で感動に浸っていた。この時期は、そういうような「ひとりで完結できる世界」というような、自分の世界を創造してはその世界で生きる事に最高の幸せを感じていた。

 たとえば、"僕が考えた最高にかっこいい服装"に着替え、周りの目は明らかに冷めているというのに、自分にとってかっこよく見えていればいいという発想で、そのまま友達と遊びに行って迷惑をかけたりだとか、周りの目など一切気にしない幸せな日々を送っていた。

 そんなある日の休日、僕は出かける用事があったので、先述したような"僕が考えた最高にかっこいい服"に着替え、友達と会った。その友達の家の近所をウロウロし、近くに住んでいる別の友達の家に上がり込んで遊ぼうという、周りのことなど何も考えない「ひとりで完結できる世界」に友達と一緒に浸るという遊びをすることにした。これを考えたのは僕ではなく友達なので、友達も僕と同じような厨二病だったのだろう。

 そんなよく似た僕と友達は、とある一軒の家の駐車場で犬の姿を目撃した。茶色い中型犬で、見た目はドーベルマンに似ていたが毛が多かったので雑種にも見えた。そんな茶色い中型犬は、僕達を見るなりとてつもない獰猛な声で鳴きはじめた。「ワン!ワン!」のような生易しいものではなく、「ヴヴァン!ヴヴァン!」というような、近所中に響き渡るような大きな鳴き声だった。

 僕はそんな犬をどうにか撃退したい衝動に駆られた。どうすれば犬を撃退できるのかと。どうすれば犬を黙らせる事ができるのかと。今までに学校で培ってきた頭脳で必死に考え、僕はひとつの結論に至った。


 吠え返せばいい。


 もともと、犬はとても警戒心が強く、飼い主を守る目的で吠える。要するに、僕達が怖いのである。怖くなければ吠えることはしない。しかし、より恐怖心を与える事ができれば、撃退できるのはないだろうか。僕はそう考えた。一方の友達は黙って通り過ぎようとしていたが、犬に負けて逃げてしまっては「負け犬」なんてレベルでは済まないはずだ。生半可な生活知識で身についた奇妙なプライドが僕を掻き立てる。そして、僕は獰猛な声で吠える犬よりも、さらに獰猛な声で吠え返した。


 僕「ヴヴァオオオォォォン!!!!ヴァオオ!ヴァオオ!ヴァオオオオン!!!」


 茶色い雑種のような犬の目を睨みつけ、どこぞの犬よりも犬になったつもりで、できる限りを尽くした声で叫び吠えた。獰猛に吠えていた犬は僕の叫びを聞いて黙り、駐車場の奥へとゆっくり歩いて行った。

 僕は勝利の余韻に浸っていた。犬に勝った。僕は犬に勝ったんだ。犬よりも犬になれたんだ。ものすごい幸福感が僕を包む。あの犬よりも迷惑な鳴き声で叫んだというのに。周りの事など一切気にせず、「ひとりで完結できる世界」の中に入り込んでご馳走を食べている気分だった。

 友達は、その僕の姿を見て若干引いていた。だが、引いてくれて構わなかった。僕はやりきった。友達がどう思おうと関係がない。しかし、友達から衝撃の一言が飛び出した。


 友達「お、おい。上見てみろ


 なんだなんだ、もかと思ったが、ただの青空だった。たしかにキレイだがなんだ。しかし、上のほうを探していると、犬のいた家の2階のベランダに、虹ではなく物干し竿がかかっていたそばに、何か見たことがあるようなひt――


 ――同級生2人。


 ――しかも。


 ――女子。


 僕だけの世界はそこで一瞬にして崩壊した。その二人は、僕達をずっと観察していたかのように、素晴らしい笑顔でこちらのほうを観察していた。しかもその同級生はクラスでもヤンキーに入る部類で友達も多い。確実に他のクラスの女子に言いふらされる。「ひとりで完結できる世界」なんて意味が無い。現実世界が危ない。僕は一気に顔面蒼白になり、きらびやかな幸福感など微塵も感じられないような無表情へと一瞬にして切り替わった。

 僕達は厨二病のことなどを忘れ、その友達の家まで早足で引き返して黙々と対戦ゲームをして遊び、「ふたりで完結できる世界」へと逃げ込んだのであった。翌日の学校の話はとてもじゃないけど書けない。