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2匹の子猫

 仕事を終えて家に帰り、風呂に入ったあとに洗濯物を干そうと思ってベランダに行った時のこと。うちのベランダは塀があって、それが高い壁になっていることで洗濯物や家の様子を覗かれにくい仕様になってるんだけども、その塀のところに子猫が2匹やってきた。

 1匹はアメリカンショートヘアーで、もう1匹は全身白色だった。本当に2匹ともすごく小柄で、生まれて1年程度のようなとても小さく華奢だった。

 その2匹のうち、アメリカンショートヘアーのほうの子猫は、洗濯物を干している僕や明るい電気のついた部屋の様子が気になったのか、塀からベランダのほうに降りてきた。一度降りると、ジャンプなどをして元の場所に戻ることなど不可能だ。僕から見れば首あたりまでの高さがあり、子猫からすれば身長の5倍ほどの高さのある塀だ。何も考えず、ただ興味をそそられて降りてきたアメリカンショートヘアーの子猫は、僕を見るなり、にゃあにゃあと鳴き出した。

 その鳴き声の意味はよくわからなかったが、僕を警戒しているような鳴き方ではなかった。かといって甘えるような鳴き声でもなく、ただ存在を示すためだけのような、意味のあるようで何もないような鳴き方だった。そのアメリカンショートヘアーの子猫は、とりあえず降りてきただけなため、塀の上にいる白色の子猫のもとへ帰ろうにも帰れず、助けを求めるために部屋の窓を引っかきはじめ、さらにまたにゃあにゃあと鳴き出した。

 思わず家に入れてあげたくなるような可愛さだったが、白色の子猫のこともあるし、うちの家はペット禁止なので入れてあげることなどできない。なので、そうやって助けを求め鳴いているアメリカンショートヘアーの子猫を、塀の上で心配そうに見つめている白色の子猫のもとへ返すことにした。

 実は、僕は猫を一切触ったことがない。生まれてこの方、犬しか飼ったことはなく、もっぱら犬派の人間なのだ。猫はインターネットの場において犬を上回るほどの人気があるけれども、あまり猫を可愛いと思えたことはない。それに、猫を触る機会は、友達の家に行った時に友達が飼っていた猫がいたので触ろうと思えば触れたが汚い猫だったので触る気にもなれなかった。他にも、ガソリンスタンドで飼われていた猫を触ってみようと思ったのだが、触る直前で猫に左前足ではたかれてしまった。触る機会があったことなどそれくらいなもので、それでいて触れた試しなどないものだから、僕は完全に犬派なのである。

 そんな僕に、猫を触らなければならない時がきたのだ。塀の上にいる白猫のもとへ返さなければならない前足の下に手を回し、両手で抱える必要がある。それを、このアメリカンショートヘアーの子猫は許してくれるのだろうか。猫を触ったことのない人間に心を開いてくれるのだろうか。

 恐る恐る、両前足の下に手を回してみた。その子猫の体は本当に華奢で、皮の中の骨を直接つかんでいるかのように細く、それでいてとても軽く、ふわふわした柔らかい感触が両手に広がった。子猫はまったく動じなかった。心を開いてくれた。ただ洗濯物を干していただけの、ほんの少し前に出会っただけの僕に。猫に触れた、触らせてくれた感動を胸に秘めながら、優しく塀の上に戻してあげた。

 再び塀の上で出会った2匹の子猫は、体を寄せ合いながら、僕のうちのベランダとは逆のほうへ、つまり、道路のほうへ飛んだ。とはいっても車など一切走っておらず、人も全く歩いていない。

 何もなく、誰もいない塀の向こうの道路で、2匹の子猫は、また体を寄せ合った。さっきよりも深く、ひとつになるように。顔同士、体同士をくっつけ、再会を喜んでいるかのようだった。

 それから少しして、さっきまでのことを忘れたような、忘れたいかのように、遠くのほうへゆっくりと歩いて行った。

 僕は、なんだかちょっとしたドラマを見せられているような、ドラマに参加したような気分になっていた。恋人がピンチに陥り、それを僕が救出し、再会を体を寄せあって喜ぶ。思わず感動してしまい、僕の心は猫一色に染まってしまった。