娯楽の空振り三振

 土曜日のこと。世間は休みだけど、僕は仕事だった。その仕事がちょっと不安を抱える形で終えてしまい、少しモヤモヤした気分だった。このまま悶々としたまま家に帰って、休日である日曜日を迎えていいのだろうか。何か発散すべきじゃないだろうか。そう考えた僕は、仕事終わりにゲームセンターに向かうことにした。

 ゲームセンターは、たまに仕事終わりに行くことがある。僕が大好きなゲームであるビートマニア(音楽ゲーム)の筐体があるのだ。それもかなり古いタイプのもので、僕が中学校に通っていた時くらいのものだから10年以上前のものなのである。当時の懐かしさに浸りつつ気持ち良くプレイできるため、モヤモヤした気持ちをスッキリさせるためによくプレイしに来ているのだ。

 今日もいつもと同じく、モヤモヤした気持ちをスッキリさせる目的でゲームセンターに来た。「よし、気持ち良くプレイして気分良く日曜日を迎えよう!」という思いで、ビートマニアの筐体の前に立った。

 そこで、僕は異変に気づいた。


 …筐体の画面が真っ暗なのである。


 もしかしたら電源が入ってないのか。そう思い、筐体の後ろに回ってコンセントを探し、電源が入れなおしてみた。そして筐体の前に再び立った。

 再び立って見たその筐体の画面には、砂嵐のようなものが吹き荒れており、さらに黒板を引っ掻いたようなキーキーという音が鳴り響いていた。明らかにバグっている。つい数日前までは普通に稼働していたというのに。僕の気持ちはさきほどよりもモヤモヤした。


 プレイし終えた時のように意気揚々とではなく、意気消沈しながら歩いてゲームセンターを出た。これからどうしようか。このまま帰っていいのだろうか。さきほどよりもモヤモヤしたこの気持ち。これを発散するにはどうすべきか。ふとゲームセンターの周りを見渡すと、バッティングセンターが目に入った。

 これだ。バッティングセンターで発散させよう。機械が故障していることなんかない。なぜなら開店しているのだから。僕は意気揚々とバッティングセンターに入った。

 店のおじいちゃんに300円支払い、球速110km/hコースに入った。仕事で体をふんだんに動かしていることだし、学生の頃よりも運動神経は良いだろう。それに、僕は高校の体育の授業で首位打10割を記録したこともある。気持ち良くバットを振れるはず!機械から放たれるボールに目線を合わせ、ソフトバンクホークスの松田のごとくコンパクトに構え、バットを振った。

 ブンッ!


 …スカッ。


 ブンッ!


 …スカッ。


 ブンッ!


 …スカッ。


 あ、

 当たらない…。


 バントを試みたり、フォームを変えたり色々と試行錯誤したものの、一球もバットに当たることはなかった。そうだ、忘れていた。僕は学校でドのつくほどの運動神経の悪い人間だった。体育で打率10割を打った時もソフトボール球だったし、球速も60kmほどだった。当たりもポテンヒットばかりだったし、内容そのものは非常に悪かった。なんという失態…。結果的にもっと気持ちがモヤモヤする自体になってしまったが、せめてもの救いは、他に客がいなかったことだ。でも、帰りに店のおじいちゃんに言われた「ありがとうございました」の言い方がどこか皮肉がかっていたような同情をされていたような気がして、さらにモヤモヤした気持ちになった。

 僕の気持ちはすでに折れかけていたが、このまま引き下がるわけにはいかなかった。ドのつくほどの運動音痴であるものの、ドのつくほどの負けず嫌いでもあるのだ。他に発散できるものはないのか。いや、発散できなくていい。何かで遊ばないと気が済まない。仕事終わりに速攻で家に帰っていればよかったとならないような結果が欲しい。内容はどうでもいい。

 僕はもう一度ゲームセンターに行くことにした。でも、場所はさきほど行ったところとは違うところだ。そこは大型デパートの中にあり、中高時代に遊んでいた記憶もある。そこに当時遊んでいた筐体があるとは思えないが、それでも全然構わない。なんでもいいから楽しみたい。その気持ち一点のみだった。

 意気揚々と大型デパートに入る途中、そのデパート前に手をつないで歩くカップルを見つけた。僕は軽く舌打ちをした。本来ならキレてもいいくらいの幸不幸の差だが、今の僕はそれよりもゲームで遊ぶことのほうが大事だった。

 軽くカップルを見下ろしながら、デパートの中でゲームセンターを探す。最後に来たのが数年前なので内装が結構変わっていたのである。僕は懐かしさと新しさを感じながら歩きまわった。


 …しかし、

 ゲームセンターは見つからなかった。


 筐体1つすら見当たらない。なぜだ。あるはずなのに。あったはずなのに。懲りずに15分ほど探したが、何もなかった。なんでもいいから遊ばせてくれ…。僕はもっとモヤモヤした気持ちになった。

 もう僕の心は崩壊寸前だった。何も遊べない。遊ばせてくれない。ただゲームがしたいだけなのに。気が狂ったのか、デパートの女性下着売り場に入りたくなったので、そのあたりを堂々と歩きながら、女性用下着(主にブラジャー)をガン見した。

 さきほどまでのモヤモヤした気持ちが、違う意味でのモヤモヤした気持ちになりつつあったが、デパートに入る前に見かけたカップルが楽しそうに買い物をしている姿を見つけた。

 僕はそこで冷静になった。


 こちとら仕事帰り。

 カップルはたぶん休日。


 こちとらゲーセン探し。

 カップルは買い物デート。 


 こちとら下着あさり。

 カップルはお互いの体あさり。


 死にたい。どうしてこんなに差があるのか。この場から逃れたい。帰りたい。家に帰りたい。モヤモヤした気持ちとか負けず嫌いの心はすでに消え、ただ帰りたい気持ちでいっぱいになり、うつろな目をしながら家に帰った。

 結局なんのために出かけたのかさっぱりだった。ただ時間が無駄に経過しただけ。なんの楽しみもなく、ただ悲しくなるだけだった。この悲しみをどこかに向けることなどなく、いつもと同じようにパソコンの前に座る。楽しい楽しい休日は、まだはじまったばかりなのである。