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木曜日という悪魔

 僕の人生で、毎週のように嫌がらせをしてくるものがある。それは木曜日だ。ただ毎週同じように訪れるものではなく、なにか困るようなことがあるのは決まって木曜日なのだ。

 そのはじまりは小学5年生の頃だった。クラスで委員を決める時、僕は今まで委員をやったことがなかったので、半ば強制でやらされることになったのだ。それで僕は掲示委員になった。校内の掲示物(ポスター、プリントなど)を貼る係である。僕にとって気が抜けない大事な委員活動を任され、それをやるのが木曜日であった。僕にとって、これが木曜日という悪魔との出会いだった。

 委員活動自体は大したことはなかったが、責任を負わされたのはこれが初めてなので、毎週木曜日を迎えるのが少し億劫だった。結局、小学校を卒業するまで掲示委員は続き、木曜日という悪魔から逃れることはできなかった。

 中学にあがっても、木曜日は僕を苦しめた。授業数が多い曜日が火曜日と木曜日であったため、ただ適当に過ごしていても苦痛であったのだ。それに、祝日で木曜日が休みになることもほとんどなかった。木曜日がちょうど疲れが溜まってくる時期で、かつ、休みである土曜日にも少し遠いために精神的に辛くなる曜日なのに、祝日になることなど全然なく、しかも授業数が多く面倒。部活も、木曜日だけ体力強化と題して、苦手なマラソンや筋トレを中心にやらされた。普段はとても楽しく和気藹々と部活を楽しんでいたのに、木曜日だけは全く楽しくなかった。結局、中学校でも木曜日という悪魔から逃れることはできなかった。

 高校も中学生の時と変わらず、毎週のように僕を苦しめ続けた。授業数が多く、しかもやる授業も僕の嫌いな体育の授業だったり、面倒で興味のない実習が毎回2時間入っていたり、なんにも面白いことがなかった。今までは木曜日のことを軽く考えていたが、これほど長年にわたって苦しめ続けられることで、僕の中で木曜日が「悪魔」そのものになりつつあった。

 社会人になっても、木曜日は僕を逃してはくれなかった。そもそも週5で働いていると、月火水木金の「木」の位置の中途半端なところで社畜感を感じてしまう。「休み明けに3日連続で働きました!あとは今日を入れて2日働きます!」という、奴隷に一番似ている曜日こそが木曜日だ。水曜日が終われば、「てっぺんまできた・・・あとは山を下るだけ・・・」と思えるが、山登りにおいて、「山を下りるときこそ山登りの本番」と言われている。つまり、木曜日こそが地獄なのである。そんな木曜日に仕事をしに行くとき、テンションが上がった試しがないのは僕だけだろうか。

 そんな社畜感は転職先がシフト制勤務だったことでなくなったものの、今の職場においても、木曜日は僕にとって悪魔でしかない。いや、今は死神になりつつあるかもしれない。さきほど言ったような、山を下るときのような地獄ではなくなった。シフト勤務になったことで5連勤が無くなった僕に、木曜日など怖い存在ではない。ようやく悪魔は去った。そう思っていた。

 しかし、悪魔は僕を逃してはくれなかった。僕が今やっている仕事は、曜日ごとに作業の特徴があり、その中でも木曜日が特に地獄なのである。朝からずーっと忙しく動きまわらなければいけなく、冬なのに汗を大量にかき、昼にはもうバテバテになってしまう。作業もかなり面倒で、頭をフル回転させ、さらに体を動かし続ける必要があるため、みるみるうちに体力がなくなっていく。とうとう木曜日が本気を出してきた。僕にはそう感じた。なぜ木曜日は僕を長年にわたって苦しめ続けるのだろうか・・・。

 何を言おうと、木曜日という地獄は明日もやってくる。来週も、再来週も。これからもずっと。